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ひろしコンフォーコ

ツィンク奏者が物知り顔であれこれ語ろうとするものの、ちっとも上手くいかないブログ。

キングコング西野の「『えんとつ町のプペル』を無料公開したらAmazonランキングが1位になった。」を受けて!! マーケティングなお話!!

昨日の記事の反論を受けて、キングコング西野さんがさっそく記事を上げてます。

 

キングコング 西野 公式ブログ - 『えんとつ町のプペル』を無料公開したらAmazonランキングが1位になった。 - Powered by LINE

 

結構な炎上っぷりでしたが、賛否両論色んな意見がありましたからね。彼の本意を知る事が出来るのは良いことです。

僕も昨日、反論記事を書きました。

 

絵本「えんとつ町のプペル」が無料に?! キングコング西野の「お金の奴隷解放宣言」に反論!! - ひろしコンフォーコ 

 

西野さんの新しい記事も出たことですし、もう一度考えてみようと思います。 

 

やっぱり作品の無料化は良くない。しかし・・・

まずは引用を。

 

作品の無料化と、近年、問題になっているクリエイターに適切な対価が支払われない(倫理的・法的)問題は、まったく別次元の話。

そこを同列に語り出したら、有名アーティストがYouTubeにPVをアップした時点でアウトじゃないか。
見たことあるでしょYouTubeを。無料で。
ちなみに、この方が使われているTwitterも無料です。

「まずは知ってもらって、ライブに足を運んでもらう」という、収益モデルがCDからライブに移行した音楽の世界では、すでに当たり前のように行われていることです。

 

全くその通りです。作品を無料化するのは、結局のところマーケティング戦略。クリエイターや芸術家に適切な対価が支払われないというのは、マーケティングとは関係のない話です。そこに異論はありません。しかしながら、こういったマーケティング手法がクリエイターに対価が支払われない問題に影響がないとは言えません。

 

それは、作品の無料化というマーケティング手法が「作品は無料で享受出来るもの」といった、間違った価値観が流布する可能性を孕んでいるからです。

 

その上で敢えて言うならば、クリエイターや芸術家がこういったマーケティング手法を行う事は、社会の為にもクリエイターや芸術家の為にも良いことだということです。というのも、西野さんが言うように、現在、こういったマーケティング手法は当たり前に行われており、ネットやテレビを通じて誰にでも情報が無料で届く時代になっているからです。

そこには、差別というものは存在しませんし、格差による弊害も少ないです。これは、みなが平等であるということ、自由を手にするということ、お金や他の何かに振り回されないということへの大きな基盤になります。いや、すでにそういう時代にあると言った方がいいでしょう。

そして、僕らクリエイターや芸術家もそれを前提として活動すべきです。

 

昨日と言っている事が違うじゃないか。

 

そう思われるかもしれません。確かにそうですよね。昨日の書いた事が間違っているとは思いませんし訂正もしません。事実だからです。ただ、今回の西野さんの記事を読んで、もう一歩考えを進めるべきだな、とは思いました。

いや、こういったマーケティング手法は必要だと考えていましたし、僕自身、数年前に問題になったような、You Tubeの影響でアーティストが食えなくなるといった立場とは異なる立場を取っていましたから。でも、昨日の僕が書いた記事ではそこまで考えが及んでいなかったことは事実です。なので、昨日とは一見相反する事を書いているような印象を受けられると思います。その点は、素直に認めようと思います。

 

資本主義の中で生きるということ

改めてまとめると、クリエイターや芸術家は今回、西野さんが行ったようなマーケティング手法を見習うべきだと思います。しかし、こういった手法がクリエイターに対価が支払われない問題に影響が出る可能性はあります。なので、作品を無料化するのは基本的には反対ですが、マーケティング手法としてやるならアリ、という事です。昨日の西野さんの記事では、作品を無料化することを美談として語られていましたからね。それには反対です。

昨日も書きましたが、

 

 価値を提供する→価値に対してお金を払う→もっと頑張ってそのお金に見合う価値を提供する→価値に対してお金を払う→さらに頑張る!

 

これが資本主義の仕組みです。

クリエイターに対価が支払われない問題を解決する為には、僕らはまず、“価値を提供”しないといけません。“価値を認めてもらう”必要があるのです。価値のないものに払うべきお金はありませんから。価値のない作品があるということでないですよ? 現実として、価値を認めてもらわなければお金は回らないという事です。

その為の試みとして、「作品の無料化を含む、より多くの人に知ってもらって価値判断をしてもらえる状況を創り出す」といったマーケティング手法を取るのはアリです。作品の価値を認めてもらうきっかけになりますから。

お金が回る為に僕らがまずすべき第一歩は、作品の価値を認めてもらう事です。認めてもらう為には知ってもらう事。当然ですよね。

 

結局、西野さんと同じ立場だった件

昨日、僕は西野さんの絵本「えんとつ町のプペル」無料化に反対しました。それは、お金がなくて読みたくても買えない人がいる、という事を理由にしていたからです。その動機自体は、僕も素晴らしいと思います。そして、資本主義に対する問題意識にも共感します。しかし、それによってクリエイターや芸術家への対価が支払われないという問題が大きくなる可能性は否定出来ません。だから、反対記事を書きました。

ただ、今日の西野さんの記事を読むと、どうやらそういう事ではないらしい。その動機や問題意識は嘘ではないのでしょうが、「マーケティング的にイケると思ったから無料にしちゃいまーす!」って事のようです。めちゃくちゃな意訳ですけどねw 

 

「お小遣いの少ない子供にも届けたい」

「お金の奴隷になってるのはおかしい」

 

このような美談で語られると、同じように無料化を求める人が増えて、クリエイターや芸術家はそれに振り回される可能性があります。でも、無料化がマーケティングの手法であるのならば、クリエイターや芸術家の判断でその手法を選ぶ事が出来ます。自分の判断で、自分の価値観で決めて、物事を進める事が出来る。自分の判断でマーケティング手法として無料化したのであれば、後でマネタイズする事も出来ます。

 

問題は、望んでいない無料化を強いられる事です。

 

無料でなくとも、適正価格より安くする事を強いられるという問題もありますよね。そういった可能性を多分に含んでいるのが、昨日の西野さんの記事です。

 

マーケティング手法として無料化するというのは、「本当は無料じゃないけど、とりあえず最初は無料にした方がオトクなんだよねぇ〜。結局後から売れるし、よりたくさんの人に楽しんでもらえるからぁ〜」って事です。これは、何も問題にならないですよね。無料で提供しても後で回収出来るんですから。

 

昨日と今日で西野さんご本人は言っている事を変えてないつもりでしょうし、実際変えていません。でも、こうやって考えてみると、その発言による影響が異なる事が分かります。

 

ま、昨日のは炎上マーケティングって事かもしれませんけどw

 

なので、西野さんが今日の記事を書いてくれて良かったと思います。僕は支持します。自分の作品を認めてもらうプロセスを持つというのは理に適っていますし、時代にも合っています。

昨日、批判した人と同じ立場だとは思いもしませんでしたが、自分の考えを改めて整理し直し、深めるきっかけになったので良かったです。

 

クリエイターと芸術家諸君!!

 

時代に負けずに、でも時代を味方に付けて頑張ろうぞぉぉぉおおおおおお!!!!!