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ひろしコンフォーコ

ツィンク奏者が物知り顔であれこれ語ろうとするものの、ちっとも上手くいかないブログ。

やる気が出ないは正義。

マイナビウーマンにブラックな記事が掲載されたので、ちょっとばかり掘り下げて考えてみようと思います。

 

意味わかんない!「社会人としてありえない」有休取得の理由7つ!|「マイナビウーマン」

 

そもそも有給休暇は、労働者が自由に使えるものなので会社に理由を伝える必要がありませんし、会社が詮索するのもおかしな話です。繁忙期であればタイミングを変更することも出来ますが、有給休暇はどんな理由で使ってもいいものです。

 

その上で記事について思うことを書いてみます。

 

それって本当に怠け者?

やる気が出ない。

なんとなく休みたい。

疲れたから休む。

早く帰りたい。

 

これらがマイナスに語られるのは社会にとってもマイナスこと。

 

やる気が出ないのにも何か理由があるはず。

身体的に疲労が溜まっているのかもしれないし、ストレス過多で休養が必要な状態なのかもしれない。

それを放っておいて仕事をやり続けるとどうなるか。

そんなことは、子供にだって容易に想像が出来る。

 

やる気が出ない状態というのは体調不良と同じ。

 

もちろん、これは普段はやる気がある人の場合だ。日常的にやる気を感じられないとしたら、今の仕事や職場に対する不満が許容量を超えていたり、個人的な意義を見出せていないことが原因として考えられる。もしくは、すでに身心に病気を患っているのかもしれない。

 

「やる気が出ない」といった身心からのサインを見逃すことで、病気になってしまうこともあるのだ。

 

理解できないものは間違ってる?

やる気が出ない。休みたい。

 

これらを単なるワガママだとみる向きがあるけど、上にも書いたようにそれは事実に反する。

ワガママ認定することこそ、会社にとっても社会にとっても損失であることを無視したワガママであり、個人も全体も蔑ろにする思考だ。自分の主張や慣習が正しいと思い込むのもいいけれど、正しい情報によって会社や社会の在り方をアップデートすることも必要である。

 

今までのジョーシキはこれからの非常識であることもあるということ。

 

休みたくない人は休まなければいい。そのせいで病気になってしまうかもしれないけど、それも自由だ。

でも、それを他人にまで押し付けるのには一体どんな理由があるのだろう?

それが健康や生産性にどれだけ影響を与えるのか理解すべきだ。

 

 

疲れたら休む。

 

 

そんな当たり前のことを認められる社会であってほしい。

社会の為に病気になる人間がいるのなら、それは、もはや社会の為になどなってはいない。

“社会”を“会社”に変えても同じこと。

 

「みんな頑張ってるのに・・・」

 

そう思うのであれば、みんなが無理しないで休みたいときに休める環境を作る方がいいのではないでしょうか。

 

 

 

こんな世の中、いい加減卒業して優しい世の中にしましょうよ。